フリーダム雑記

安楽死について、文系大学生が率直にコメントした

どもども、まっちゃです。

”まっちゃの心理学教室”改め、”文系大学生のひとりごと”に華麗なる転身を遂げたこのブログです。

結局、ポジションとか取らずに、好きな事書きたかったんですよね。

そんな訳で、前より自由に書いていく事になるので、興味がある方は見ていってください。

 

安楽死が認められている国

現状、外国人が安楽死できる国はスイスに限られています。

日本人が安楽死するにはスイスしか無いのですが、なかなかハードルが高くなっています。

以下のような条件を満たして初めて、日本人は安楽死が可能だからなんですね。

 

  • 費用は150万円~200万円
  • 重度の病気や、耐えがたい苦痛を背負っている上に、健全な判断力を有している
  • 英語もしくはドイツ語で事情を説明する必要がある

 

費用は150万円~200万円

旅費など込々で、これぐらいの値段になるらしいです。

「こんなにかかんの...」というのが率直な感想ですね。

そもそも安楽死の条件を満たす人々は、働く事が難しいですよね。

もし貯金が無く、頼れる人も居なかった場合、耐えがたい苦痛を背負っていても安楽死の権利を得られないという事になります。

惨いですよね。

 

重度の病気や、耐えがたい苦痛を背負っている上に、健全な判断力を有している

基本的に安楽死は、本人の希望によってのみ可能です。

つまり、植物状態の妻がいて、「妻が苦しそうだから殺してやってくれ」と夫が安楽死を決めるという事は出来ないんですね。

もちろん、例外もありますよ。

 

1976年にアメリカでは、植物状態の娘の呼吸器を、家族の希望で外すという消極的安楽死が試みられました。

ただ、この消極的安楽死は裁判の末に勝ち取った権利であり、通常の安楽死の手続きとは異なりました。

この事例からも、家族が安楽死の権利を勝ち取ろうと思えば、それは茨の道となるのは間違いないでしょう。

 

英語もしくはドイツ語で事情を説明する必要がある

これが日本人にとって、かなりキツイと思います。

というのも、安楽死する人々のほとんどは、65歳以上の方々です。

 

 

英語にほとんど馴染みのない、65歳以上の日本人が、「英語で自分の身の上」を話せるようになるまで、一体どれだけの時間がかかるでしょう?

日本人に限って言えば、この条件をクリアできないという人が一番多い気がします。

 

自殺と安楽死はどう違うのか?

安楽死のハードルがそんなに高いなら、自殺すれば良くない?

そう思う方もいらっしゃるかもしれません。

という訳でここでは、「なぜお金や労力など様々なコストをかけてまで、自殺ではなく安楽死を選ぶのか?」という事について検討していきたいと思います。

 

自殺は怖い

単純に、自殺って怖いんですよね。

僕自身、死にたいと思ったことは幾度となくあります。

でも、いざ自殺の瞬間を想像すると怖いんですよね。

一人で誰にも知られずに死ぬ恐怖、死ぬ瞬間の痛みや苦しさの恐怖など、とにかくいろいろ怖いんですよね。

 

そんな人々が薬による安らかな死を求めるのは、自然な流れかと思います。

 

安楽死を選ぶ人は、”安心感”が欲しい場合もある

安楽死と言っても、「安楽死が認可されました、ハイ死にましょう。」という訳ではありません。

致死量の薬が本人に届けられ、それを服用すればいつでも死ねるという状態になります。

つまり、安楽死によって”いつでも安らかに死ねる”という安心感が得られます。

今すぐ死にたい訳じゃなくて、この致死量の薬をお守り代わりに持っていて、安心感を得たいという方も多いのではないかと、僕は思います。

 

安楽死について、文系大学生の僕の意見

さて、ではここからは、実態とかの話は置いておいて、僕の意見を率直にお話します。

結論から言ってしまうと、僕は安楽死を肯定します。

僕が安楽死を肯定する理由は、2つあります。

 

  • 安楽死の権利によって、安心感を得られる場合があるから
  • 死にたいほどの苦痛は、確かに存在すると考えるから

 

安楽死の権利によって、安心感を得られる場合があるから

先ほど述べた通り、僕は死にたいと思った事が何度もあります。

そんな時、「もし安楽死の権利を自分が持っていたら」という想像をよくしていました。

そしてその想像の結論は毎回こうでした。

 

「ああ、安心するなあ」

 

そう、安心するんですよね。

「まだ本気で死にたい訳じゃないけど、これ以上辛い事があったら死にたい」ぐらいに思っている人は、自殺するのは怖いと思うんですよね。

でも、それと同時に将来への恐怖もある訳です。

 

どちらも怖くて、ギリギリのバランスで歩いている。

そんな人にとっては、安楽死はお守りになると思うんですよね。

むしろ、いつでも安らかに死ねると思えば、より頑張れる自分を想像出来るんですよね。(僕の場合ですが。)

 

ストレス緩和剤としての安楽死という捉え方をすれば、そんなに悪い気はしないのではないでしょうか?

 

死にたいほどの苦痛は、確かに存在すると考えるから

前ね、Yahoo知恵袋に「○○という出来事がありました。死にたいです」みたいな投稿をしたんですよ。

そしたら、「若造が死にたいなんて簡単に言うんじゃねえ!!」みたいな回答の嵐でした。

中にはバッシングや罵詈雑言を含む回答もありました。

 

そう、日本では多くの人が”死”をタブー視しているんですよね。

”死にたい”という気持ちが分からない人がたくさんいるんですよね。

でも、どれだけささいな事だって、誰かにとっては死にたい理由になるんですよ。

 

死にたい理由が存在するという事を”実感”出来るのは、死にたいと思った事がある人だけだと思うんですよね。

僕は何回も死にたいと思った事があるからこそ、死にたいほどの苦痛が、確かに存在すると知っている。

だから、安楽死を肯定出来るんです。

 

まとめ

 

最後に誤解が無いように言っておくと、僕は安楽死を”推奨”している訳ではありません。

あくまで”肯定”しているだけです。

そこは分かってください。

 

また、僕はただの文系大学生であり、稚拙な意見だと認識しています。

そして、いろいろな意見がある事も知っています。

反対意見やアドバイスなどがありましたら、コメントして頂けるとすごく嬉しいです。

 

ではでは、今日はこれで失礼します。

-フリーダム雑記

Copyright© 文系大学生のひとりごと , 2021 All Rights Reserved Powered by AFFINGER5.